佐本から洞の谷まわりで七川貯水池のダム湖に出ると、堤の桜並木がチラホラ咲きだった。ソメイヨシノ3000本をダム建設の時に植えたのだ。和歌山では桜の名所で「桜名所百選の地」の石碑があり全国でも有名なのだろう。深山幽谷、紀伊半島のど真ん中という場所にもかかわらず、ダム湖のおかげか非常に景観は伸びやかである。4月1日は桜祭りが催される。
 国道371号に出てきたわけだが、この国道はここから北方10qくらいで途切れている。佐田のすぐ北で北東方向に県道古座川熊野川線に入れば、松根を経て熊野川沿いに入り畝畑から小口へ抜けられるはずであるが、この前途中で引き返したほど、昼なお暗い絶壁を細道がしがみついて走っている。崖崩れ、崩壊、何でもありの路線だろうから覚悟して出かけた方がいい。バスなどもってのほかである。
 その代わり水の冴えと深みは想像の域を超え、私が通れば河を汚しはせぬかとおそれるほどだった。秘境は間近にあったのだ。

 右は小口から目標の山の遠景写真を撮ろうとして侵入したものの、これではたぶん日が暮れるだろうということで引き返す手前地点からの和田川渓谷である。

 佐田から国道371号を下れば、一枚岩まではかなり整備された道で新しいトンネルも開通している。海まで直線距離で6、7qしかないというのにこの巨岩はなんだろう。高さ100m、幅500mの石英粗面岩、今日は少し赤っぽく見えた。古座川の向かいを国道が走り、整備された休憩所があって食事もできる。川原への堤の斜面は階段状になって腰を下ろせるので、岩をにらんでいれば時間は自然に過ぎていく。




 古座川はまっすぐ海にはたどり着けず、かなり東に回り込んで川口の古座川と古座の町へと流れていく。林業が盛んな地域で筏流しもあった。今では備長炭の他、柚子(ユズ)が注目されるくらいである。超高齢化社会らしいが、「古座川ゆず平井の里」で味噌、ジュース、ゼリー、ジャムといった加工品が生産されている。林業は廃れてしまったが、それでも原材を満載したトラックを何台も見かけるから、伐採がないわけではないようである。そう大径材も積んでいないから、補助金の範囲で間伐しているのだろう。
 川沿いにそびえる巨岩は他にもあるが、こちらは独りそびえる急峻な孤峰で、山水画を見る思いがする。天柱岩、少女峰は有名、そして風雨の浸食で奇妙な岩肌をさらす池野山の虫喰岩や月の瀬の牡丹岩がある。いずれもいろいろな伝説が残されている。

 左は天柱岩、一枚岩より少し上流の蔵土にあって、南方の嶽の森山や峯の山の急峻な山地へと続く位置にある。右は少女峰でまさに絵になる姿で、絵心があれば写生したい所だ。こちらは月の瀬というもっと海に近い位置にあり、対岸にぼたん岩がある。気がついたのは岩の周囲の植林地だった。ヘキサチューブと言って、自然に帰る素材の筒を苗にかぶせて鹿とかの食害を防ごうというハイトカルチャー社製の林業資材で新植されている。これが使われているからには、定めし熱心な所有者に違いない。スギの成長も促進し下刈りが不要となるというのだ。補助金が出るからいいのだろうが、そうまでして針葉樹を植えていかねばならないものか、多少は林業に関係する私としても未だ判断はつかない。

 最後に訪れたのは滝の拝である。今度は明神橋から北方約12qで、県道43号那智勝浦古座川線を古座川の支流、小川(こがわ)を上がっていく。これがどんどんトンネル建設がされていて、明日滝の拝トンネル開通式という日取りだった。明日からは何百メートルかは短縮されるだろう。まだ観光バスが通れない所もあるから一体いつまで日本の地方は道路を作り続けねばならないのだろう。
 「滝の拝」、そう狭くもない川原は岩盤でこれを水が鑿を使ったようにごつごつとくり抜いて、他には見られない奇妙な川底を作り上げている。高さ約8mの渓流瀑と書いたものがあるが、「奇岩の河原」と書いた方が理解されやすいだろう。ここも訪れたのは遠い以前で、ホームページなど考えもしない頃だった。
 山また山、所どころに据立する岩峰、深く美しい渓流、無数の滝、それが猛々しいほどでなく濃い緑で優しく包まれているのが古座川の自然だろう。
 いよいよ帰路につくが、ここから県道とは信じられないような道を西赤木、小森川、坂足と登って行く。県道45号那智勝浦本宮線に入ってますます道は細く険しくなり対向車を警戒しながら、樫原まで北上し、県道44号那智勝浦熊野川線へ廻り滝本から鎌塚、小口と出てきた。ここからは道も広く熊野川まで出て、普段の紀南との往還路に入る。ちょうど紀伊半島の内側を海沿いの国道を使わずにくり貫いて横断したのだ。
  国道168号から311号、栗栖川の下手で県道198号龍神中辺路線に入り水上栃谷トンネルで龍神村に移る。少しだけ県道29号田辺龍神線虎ケ峰を通って、国道425号に出る。福井で424号に移り、美山から白馬トンネルを経て有田川町へ、そして金屋から県道22号吉備金屋線、阪和自動車道吉備インターへと、わざわざ書いたのは、新宮・勝浦と紀北を行き来するにはこれが最短で、和歌山県の第2の幹線だからである。疲れはしたが、課題が大きく片付いた気分だ。
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