勝浦温泉市街地から北浦商店街を北向きに進むと小金浦漁港の岸から50mも離れずに浮かぶ小島がある。
北浦地区は昭和30年代前半に埋め立てられ、5軒のホテルもできたが、現在そのまま残るのは「勝浦御苑」だけである。
こんな電源のないところでコンサートは無理だろう、とか、伊勢二見浦の夫婦岩のように初日の出を拝むにはすばらしい所だなとか、想いながら帰ってきた。ところが、由来、因縁を「続紀伊風土記」「紀伊國名所図絵」で調べても出てこないのである。

紀の松島の一角を占めるはずで、横の渡り岩は載せられているのだ。古い絵はがきで勝浦三景の一とされてはいるが。





 ここで挙げられている島の名は、赤嶋、越瀬島、さいが島、渡り島、つる島、元太島、丸戸島、乙島、去来島、勝尾島、赤はへ島、高見倉、太刀落島、帆立島がまず出てくる。太刀落島は、平維盛が入水前にここで太刀を落としたから名付けられたとされ、帆立島は補陀落渡海の船はここで必ず帆を挙げた慣例があって名付けられたという。その他、猶玉子浦、金剛坊島、ねじ島、海老島、太平岩、小平岩等の小島ありとされる。さらに別項を設けて、綱切島(別に金嶋ともいう。維盛石塔あり。大勝浦の東八丁付近。)は、維盛入水の所と伝えありとされ、また補陀落渡海の船がここで纜を断ち切る故と伝えられている。また山成島(小勝浦の東南海中十七八丁)、も別項に挙げられている。
 なんだか魏志倭人伝めいてきた。

 これらの小島には、補陀落渡海や、平維盛伝説で島には歴史が刻まれている。何より背後は神宿る那智山である。

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