| 番外編 熊野古道を往く(下津町) |
| 1.古道ウォークに参加しない古道周辺探索 7月1日ついに紀伊山地の霊場と参詣道が世界遺産に登録されました。以前から熊野古道の 人気は高まっていたのですが、これを契機にますます熊野古道を訪れる人が増えると思われます。週末になると軽装リュックの中高年を中心にした人々を多く見かけます。歌碑の写真を撮ったりで、マナーはいい方だが、あまり金は地元に落とさないノリと私は見ています。 喜ばしいことですが私の場合は業務エリアが古道そのものですから、時点修正だの地価調査だのでノコノコ歩いていては追いつきません。4WDの軽バンという地方鑑定士特有の装備が最も有効で、他の仕事にも活躍します。 2.下津町の熊野古道 熊野古道は和歌山県に入ると、北から和歌山市、海南市、下津町と南下していきます。 海南市藤白の藤白神社が熊野一の鳥居ということで、ここから神域だと、吉田宮司が教えて くれたことがあります。その裏手でかの有間皇子が処刑されたのですが、藤白峠への山道にいよいよ入っていきます。峠の藤白塔下王子は地蔵峯寺付近で、ここまでの北斜面は歩行のみ可ですが、1時間もあれば登ってしまいます。 ここからが下津町です。どうせ来年春には海南市と合併なのですが、地元の意識では下津は下津としての固有のアイデンティティーがあります。蜜柑と港湾、石油精製の豊かな町という印象があります。峠以南は車で通れますが、歩いて降りれば30分で橘本王子、橘本神社に着きます。 古道の方は市坪の川沿いを上がり、所坂王子、一壺王子(山路王子)を経て、沓掛の集落を抜け蕪坂王子までが下津町となります。 古道の本には垂仁天皇の命を受け蜜柑を日本に伝えた田道間守(たじまもり)のお話など出てくると思います。ここではもう少しマイナーな情報を提供しましょう。 3.下津の古道を一望する岩峰 この藤白峠から蕪坂峠を全て見通せる場所が嶽山351.9mです。基幹農道を蕪坂から大窪・笠畑方面に進むと小さいながらも急峻で周囲からは目立つ岩峰が見えてきます。島姫神社が頂上に祀られていますが、祭神は宗像三姉妹の市杵島姫命(狭依毘売)です。 |
いかにも神様が鎮座ましますような独立峰です。 |
岩峰上から北方向に望む。藤白峠から橘本、市坪と熊野古道沿いに集落が伸びて いるのが一望できる。 |
岩峰から南向きに撮影沓掛集落から蕪坂峠と古道が登っていくさまがよくわかる。 |
| 4.高地性集落の謎 下津町は周囲の山の尾根近くをパイロット道路と地元では呼ぶ基幹農道がほぼ一周している。但し、国道 42号の抜け道はなく、けっこう山がちな町です。加茂郷というJRの駅があるくらいで、東西に加茂谷が伸び、 東部の仁義地区へ分け入っている。この加茂という地名は全国に分布しており、加茂族という海洋性の部族 が上古に定住した所だと、司馬遼太郎だったかが書いている。この谷の奥へ行けば、山上に土井原、上出、 松尾とか、大窪、笠畑のような集落が点在している。谷底の引尾、興はよくわかるし、熊野古道沿いの集落も わかるのだが、なぜ山の上にああした集落がたくさんあるのだろうとか、考えてしまうのだ。中世の防衛的目 的ではない、そのころは熊野詣がさかんですでに街道沿いに人家は集まりつつあったはずだ。ということは、 弥生時代や縄文時代までさかのぼるような起源なのだろうか。 |
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