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一般国道168号は、新宮市から五條市に至る区間を高規格道路 「五條新宮道路」として整備が進められています。
2005年3月、和歌山県側の本宮町切畑(といっても土河屋トンネルを出るとすぐ県境ですが)から奈良県十津川村七色の間が一部開通しました。
県境は東西に伸びる果無(はてなし)山脈というすばらしく美しいまた秘境を感じさせる名前の山並みです。その東端で熊野川へ落ち込むあたりが七色という目眩のしそうな行ってみたいというイメージを起こさせる名の集落です。
数年前に山林の調査でそこから小辺路(高野から熊野へ至る古道)を登ってきましたが、何とも寂しいというよりは巡礼の古道の山村そのものでした。そこへ高規格道路というのですから、訪ねるしかありません。

土河屋(つちごや)トンネルの北側はすぐ奈良県で、これまで崖下沿いを延々蛇行する部分で、もしかして落石に遭遇しないかとおそるおそる通っていた箇所ですから、その変貌ぶりには驚愕させられます。崖下に支柱を打ち込み、半ば高架道路のようにして崖に沿わせてしまったのです。 これぞ現代版「蜀の桟道」とも呼べましょう。

少し奈良県側へ越境して「十二滝」で休憩してきました。
十津川や 耕人の 山刀
という召波の句碑が脇に建てられています。召波は与謝蕪村の高弟ですが、この句の言わんとするところは、十津川は当時天領で米も取れない山村であったが農民と武士の区別がなく、皆が名字帯刀が許されていたので、農作業をしている人も山刀を腰に差している、という風景を詠んだのだと思われ、この地方の風土、歴史を表す句です。十津川郷士と言われたそうです。
何せ貧しく粟、稗中心の生活だったようで、米は病人に食べさせるものだったとか聞きました。病死者の家族は見舞ってくれた人に、「米養生もかないませず、亡くなり」という慣用的言い回しだったそうです。
今で五条−本宮間で乗用車で2時間半程度ですが、まだまだ広くなったり狭くなったりの国道で、雨が降れば谷の向かいに滝が一度にたくさん出現する、時には崖崩れで不通、迂回になる、「すごい幹線国道」であることに変わりはありません。
秘境と書いた看板も以前はあったように思いますが、道が良くなりそれはなくなることでしょうが、いいことばかりなのかどうかはわかりかねます。