みなさん、行楽の季節ですが、少しは歩いていますか。
今回は、非常に一般的な熊野古道のハイキングコース藤白峠からの報告です。
地元ですから何度かは来たことがありますが、今回は視界も良く海南市臨海分から中心部、和歌山市方面がみごとに一望できました。

峠のお地蔵さんとよく言いますが、地蔵峰寺はお堂と本尊が共に重要文化財に指定されていて、気品と勢いを感じさせる禅宗の影響を受けた室町中期の建物です。本尊の地蔵菩薩坐像は元享3年(1323)製作とされる砂岩のお地蔵さんですが、非常に大きくりっぱなお地蔵さんです。
子供の頃きっと修復前だったお堂を覗いた時の印象は、薄暗い中でお堂いっぱいに重量感が感じられて恐ろしかったのですが、今は板敷で明るいお堂になっていました。お地蔵さまは何だか快く納まってらっしゃるようでした。古道ウォークとしては塔下王子跡がすぐ脇にあり、紀北の熊野古道では、藤白神社からこの峠までが一番有名な部分かもしれません。
また大きな宝匡印塔(教典を埋めたものらしい)も見ておかれるくことをお勧めします。

ふもとの有間王子の墓。658年に中大兄王子の謀略により謀反の罪をきせられ斉明天皇の尋問を受けるために牟婁の湯まで連行の後、この地で処刑されました。王子の父は孝徳天皇で中大兄(天智天皇)の叔父にあたります。天皇家が権力闘争の現役プレイヤーであった時代の政変です。処刑したくらいだから宮内庁の管理関係はまったくないようで、地元民の同情の念は高く、何かの記念公園といった風情で、かえってそれが痛ましく感じられます。
ここから峠まで2qくらいで適度な運動とはまさにこのことです。筆捨松、硯岩という名所もありますが、眺めはやはり御所の芝までお預けです。

2005年4月1日に下津町と海南市は合併して新しい海南市になりました。旧市街地から臨海工業地帯はここからよく全貌されます。
地蔵峰寺の西側裏の猫の額のような広さの高台を御所の芝と呼んでいます。熊野参詣さかんの折りはここに仮御所を組んだといいます。脇の解説板によれば和泉式部がここからの眺めをいたく気に入り、長い間物思いにふけっていたとか。平安貴族の憂いと私の煩悩では次元が違いすぎますが、海南の市街地が埋立で形成されてきたとここに立てばまるわかりです。
あらざらむ この世のほかの 思い出に
今ひとたびの あふこともがな
せっかくですから百人一首の和泉式部の和歌を
復習しておきましょう。臨海部全景