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和歌山県内への熊野古道の入口は県道和歌山貝塚線沿いとなります。阪和線の和泉鳥取駅付近からほぼ併走し山中渓駅あたりの桜並木もきれいですが、府県境は阪和自動車道の高架脇で明るい景観ではありません。県への入口はかくも山中のわびしい趣であること何を象徴するのやら。 高速で阪南IC−和歌山IC普通車550円、海南までなら900円ですが深夜なら15分と変わらない。自嘲気味に節約県道とか貧乏街道とか自分で呼んでいたことがありました。たしかに使い分けるにはいい道で、もっと整備してほしい気もする反面、通行量が増えて混むのはいやだという、こっそり通ううまい店的な県道です。ようこそ和歌山へ。 |
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府県境脇の阪南ロータリークラブが建てた石碑を紹介しましょう。日本最後の公認仇討ちの記念碑だそうです。安政4年(1857)土佐藩士広井大六は同藩士棚橋三郎に口論の末切り捨てられた。大六の一子岩之助は江戸まで出向き仇討ち免状を得る(安政5)。紀州・加太に潜んでいた三郎を岩之助が見つけ紀州藩に申し出たが、紀州藩としては「境橋から国払いするので、仇討ちしたいならその外でやってくれ。」ということになり、文久3年(1863)ここで討ち果たしたそうな。(抜粋)これが公認仇討ちの最後だそうだ。時代劇でよくでてくるテーマであるが、そうザラにはなかったこと、三郎も肩身が狭く紀州まで身を隠していたこと、官の事なかれ主義は変わらなかったことなど窺える。 |
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和歌山県内最北の熊野古道の王子「中山王子」碑は滝畑集落への上がり口の踏切脇にあり、江戸時代に街道沿いに周囲36間の社があったものの、明治に入り合祀して廃され、旧跡地も線路敷きとなったようです。県道に沿っていないので見過ごしがちですが、こちらは見通しの良い長い直線で背景の山並みの良く、適度に電車も往来して、カメラを向けるテッチャンの姿も見かけますから、歩いているなら休憩には良いところでしょう。 |
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雄の山峠の最高点は高速より20m程度高く併走するのですが周囲は小野山国有林とされ、きちんと表示がなされています。その南は急な下り坂となり、最後に急傾斜面でのヘアピンカーブに出くわします。このカーブのおかげで、荷の状態によっては別ルートに避けることになるため交通量が抑えられています。尚現在、崖崩れ箇所の補修のため幅2.5m長さ8m以上の車は通れません。片側車線のみで対抗信号あり。やがて山口地区の平野部へ出て、川辺の渡しへと古道は続きます。 |
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